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川南造船所の解体方針決定を伝える新聞記事のまとめ

川南造船所33
川南造船所(佐賀県伊万里市)の解体方針決定について新聞大手三紙が報道しています。
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川南造船所跡解体へ
全国的に知名度の高い伊万里市の「川南造船所」跡の取り扱いをめぐり、地元代表や有識者が話し合う検討委員会の結論は「廃虚の全面撤去はやむなし」となった。住民の意見を尊重した結果だが、解体に反対してきた人たちからは落胆の声が漏れた。

奈良県の会社員の梅津知弘さん(32)は昨年春、市がいったん示した解体方針をネットで知り、見直しを求める「川南造船所全国同盟」を発足させた。検討委では、与えられた2分間を使って自分の意見を述べた。また、保存について地元の理解を得ようと、伊万里市内の有志と造船所跡の写真展を開き、500人以上を集めた。

23日の検討委の結論を知った梅津さんは「建物の価値をわかってもらえなかったのは残念だ。だが、地元の意見が一番大切なので、尊重したい」と話した。
(中略)
一方、地元委員の松永勝美・川南区長は「貴重なものとは分かるが、文献として残せば良い。遺産としての価値があるかは、地元が一番わかっている。多くのお金を使ってまで、残す価値はない」と話した。

地元の意思を尊重した委員長の三島伸雄・佐賀大大学院准教授も、戦争遺産としての意義にふれ、「建物の一部をモニュメントにして、後生に伝える努力を地元にはお願いしたい」と話し、解体前に歴史についての調査をする考えを示した。
(朝日新聞 2011年6月24日付記事



川南造船所跡全面撤去へ 伊万里市検討委員長「やむなし」
伊万里市山代町の川南工業浦之崎造船所跡の活用策を話し合う第5回市公園整備検討委員会が23日、同市民センターであり、現存する建物すべてを撤去し、資料展示施設を整備する案を採択した。建物群は昭和の戦争遺跡として保存・活用を望む声もあったが、年内にはすべて解体される。
(中略)
この日は冒頭、地元代表の川久保好喜委員が、今月9日に開いた山代町開発促進協議会の総会で「全面解体」の方針が全会一致で確認されたことを報告。川南区長の松永勝美委員とともに解体案を強く訴えた。

同造船所では特殊潜航艇「海龍」4隻を建造、12隻は建造中だったことがわかっており、この日、青木歳幸委員(佐賀大教授)は、「全国12か所で建造され、遺跡として形が残るのはここだけ」と指摘。金子義弘委員(郷土史家)も「言葉で説明しても現物にはかなわない」として建物の一部保存を強調した。

5人の委員は、解体、一部保存が各2人。最後に三島委員長が、軍需工場で海龍が造られた事実が確認された意味を認めつつ、「建物としての価値は定まっていない」「見守り保存するとなれば建物の維持に住民の協力が不可欠」との理由を挙げ、「解体やむなし」と結論づけた。

建物内部に残る「安全第一」などの標語が書かれた柱は、展示施設に移設して保存する方針。

検討委は近く、市長へ解体を提言。これを受けて市は提言に沿った公園整備の方針を決定する。
(読売新聞 2011年6月24日付記事



伊万里の川南造船所跡:解体へ 柱など保存、公園整備 検討委が市長に提言へ
戦時中に特攻兵器が建造されたとされる伊万里市山代町の戦争遺構・川南造船所跡の整備方針を協議する検討委員会の第5回会合が23日開かれ、旧工場の建物はすべて解体し、柱などを資料展示施設に移設する方法で公園を整備する方針が決まった。佐賀大大学院准教授の三島伸雄委員長が市長に提言する。

保存は、安全標語が当時のまま残る工場内の柱をジオラマ建築的な施設に移すか、屋外にモニュメント的に展示するなどして、特殊潜行艇が造船所で造られたことを記録として後世に伝えられるようにするという。

過去4回の検討委で有識者の委員は「史的価値を次世代に伝えるには建物を保存するべきだ」と主張し、地元住民代表の委員は「地域衰退の象徴。つらい記憶を思い出させる」などと、解体を求めていた。
(毎日新聞 2011年6月24日付記事



やはり保存問題は地元から保存に向けて積極的に動くキーマンが現れない限り難しいですね。志免炭鉱における古庄さんや軍艦島の坂本さんのような。川南造船所では地元からそのような人物や運動がまったくといっていいほど聞こえてこなかったので、保存はまず無理だろうと思っていました。

それでも「遺構の一部を現状で保存」にわずかな期待を寄せていましたが、結局、「標語の部分だけ切り取って保存」ということになりそうです。近代化遺産は国民共有の財産であるという考え方を、地元の人々に最後まで理解してもらえなかったのが残念でなりません。

記事を読む限りでは、地元は川南造船所の存在をかなり苦々しく思っているように感じます。廃墟マニアの訪問で心証を悪くしたのであれば残念ですが、しかし、そういった遺構好きの活動なくして川南造船所の存在が知られなかったのも事実です。また、不法投棄の問題や自殺者が出た影響も大きいのでしょう。

なお、川南造船所で作られていた特攻兵器は人間魚雷「回天」だと言われていましたが、読売新聞には特殊潜航艇「海龍」と書かれています。今後は間違わないように注意が必要です。
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2 Comments

G3  

たしかに

地元で保存の声がまったくなかったか乏しかった以上、外野ではそれを止めることはできませんね。

当地では三井化学米生社宅がただいま解体中です。

2011/06/26 (Sun) 18:45 | EDIT | REPLY |   

タケ@管理人  

>G3さん

お返事が遅れてすみません。
どうも一般の方々はレンガ建築には好意的な反面、古いコンクリート建築に価値は無いという意識が強いように感じますね。

>当地では三井化学米生社宅がただいま解体中です。

ついに解体ですか。面白いデザインでしたけど。

2011/07/03 (Sun) 01:04 | REPLY |   

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