三井化学専用線04 20t級B形電気機関車
少し間が開いたが2020年5月に廃止された #三井化学専用線 (福岡県大牟田市)の話を続ける。前回は、45t電機が濃硝酸を積んだ貨車を仮屋川操車場から宮浦駅まで牽引した後、切り離されたところまで述べた。 pic.twitter.com/bRBkG2josa
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次は、20t級B形電気機関車(20t電機)が宮浦駅構内から三井化学大牟田工場の敷地内まで貨車を牽引する。この移動は貨車を1両ずつ切り離して行う。まずは、20t電機が待機場所から貨車の隣の線を走行して編成の工場側へと向かう。 pic.twitter.com/5Tn65vQnq9
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化学工場ではパンタグラフの火花で引火する危険があるため、20t電機はパンタを下げて、蓄電池を搭載した電源車(右の車両)からの電力供給で走行する。防爆型の機関車は石油化学コンビナートや鉱山等で使われるが、三井化学専用線のこれは国内最古級の動態機だろう。 pic.twitter.com/B4ksEn2Ab9
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隣の線を通過後、折り返して貨車と連結。 pic.twitter.com/6X0N49zY2H
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この銀色のタンクコンテナ貨車は鉄道マニアの間では「銀タンコ」という愛称で呼ばれている。1両にふたつのタンクが載っている。貨車は5両編成。 pic.twitter.com/BxnFnmCvV1
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銀タンコを1両ずつ工場に運ぶ20t電機。背景の白いビルは三井化学大牟田工場の建屋のひとつでJ工場(閉鎖済)という。 pic.twitter.com/IOgjguEawT
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東泉町2号踏切を通過して… pic.twitter.com/cTuBAl87HG
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引き込み線を走行し工場内に入っていく。 pic.twitter.com/S2SznnkzDA
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東泉町2号踏切を通過するところを工場プラントを背景に撮影。廃止直前だったのでギャラリーが多い。もっと早い時期に撮るべきだったが、新型コロナの感染状況を様子見しているうちに遅くなってしまった。 pic.twitter.com/haMFimk0Lg
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20t級B形電気機関車が銀タンコを牽引して三井化学大牟田工場に向かう場面の動画。撮影場所は東泉町2号踏切。スマホで撮影。https://t.co/Uy2zVcb80c
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そして工場から宮浦駅に戻ってくる20t電機。以後、この往復を繰り返す。午後は空の銀タンコを宮浦駅に戻す作業を行うが、そちらは見ていない。 pic.twitter.com/La1gGVgFgi
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踏切の手前で一時停止し、係員が先端のステップに乗る。 pic.twitter.com/3qC3bLwNK5
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踏切を通過。大正時代に製造された電機と、1938・S13に竣工した三井化学大牟田工場の象徴、J工場。J工場も既に機能を停止しており、いずれ解体されるだろう。消えゆく両者の組み合わせを見届けることができた。 pic.twitter.com/s006tC4eCj
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工場から宮浦駅に戻る20t電機の動画。https://t.co/C6HQpL4pco
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付け加えると、東泉町2号踏切の警報音は現在主流の電子音式ではなく昔ながらの打鐘式。つまり本物の鐘を鳴らしている。黒い塗装で分かりにくいが頂部にベルが付いている。 pic.twitter.com/6JoPGGimEo
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三池炭鉱専用鉄道に導入された20t級B形電気機関車はもともと独シーメンス製で、製造年は1911・M44。このうち1号機は三池炭鉱三川坑の跡地に静態保存されている。三川坑の保存車両群については以前のレポートを参照されたい。https://t.co/TS0y3xrVj9 pic.twitter.com/OhUnw20JIc
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【訂正】5号機以降は三菱造船(現 三菱重工業)のコピー。ただし13~16号機の4両は三池製作所(とされる)。このうち三井化学専用線で最後まで稼働していたのは9・11・12号機の3両だった。写真は11号機。製造年は1917・T6。 pic.twitter.com/zrv4rS4oet
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電源車は無蓋車の貨車を改造して製作されたもの。記号は「デ」 ←なんか、カワイイw pic.twitter.com/JcRxyw9riB
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「三池炭鉱専用鉄道研究所」によると、電源車の製造年は1962・S37。https://t.co/qkbEIAC7xm
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他に、ケーブルを伸ばして電機に電力供給するリール台車という車両もかつては存在したらしい。 pic.twitter.com/mWGVn631au
電源車 + 20t電機を正面から見たところ。 pic.twitter.com/V1vjwWjXBU
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待機中の20t電機 + 電源車。宮浦駅の駅舎前が定位置だった。 pic.twitter.com/y3ukS2rLJd
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宮浦坑跡地から見下ろす。 pic.twitter.com/fDnYcI5fnl
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