三井化学専用線03 45t級B-B形電気機関車
#三井化学専用線 (福岡県大牟田市)の続き、今回は機関車について。同線は2020年5月の廃止時点で45t級が2両と20t級が3両、2タイプ計5両の電気機関車が稼働状態にあった。写真は東泉町2号踏切から宮浦駅構内を見たところで、左が20t級(電源車と貨車を連結)、右奥が45t級である。 pic.twitter.com/EKANkJwPQw
— タケ@ALL-A (@take_all_a) June 3, 2020
これらの電気機関車(電機)はすべて三池炭鉱専用鉄道の時代から使われていて、製造は戦前だ。鉄道ファンの分野では、三井化学専用線は歴史的な車両が現役で働いていることで有名であり、それ故、廃止が惜しまれた。写真は45t電機の19号機(製造1937・S12)。 pic.twitter.com/wEb1tCny7g
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三井化学専用線は、三井化学大牟田工場で使用する濃硝酸を輸送するための路線だ。濃硝酸を積んだタンクコンテナ貨車は、三菱ケミカル福岡事業所(福岡県北九州市)からJR大牟田駅に到着後、大牟田駅、仮屋川操車場、宮浦駅の3カ所でスイッチバックを繰り返して工場に運ばれた。 pic.twitter.com/E62iAiDy5I
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そのスイッチバックの度に貨車を牽引する機関車は交代する必要があって、大牟田駅〜仮屋川操車場はJR貨物の機関車が、仮屋川操車場〜宮浦駅は三井化学の45t電機が、宮浦駅〜工場は同20t電機が牽引を担った。 pic.twitter.com/Y3VQVG7m1Q
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まずは宮浦駅における45t電機の動きを簡単に振り返っておく。同機は午前中に仮屋川操車場~宮浦駅を2往復していて、1往復目は空の貨車を仮屋川操車場に返して単機で宮浦駅に戻り、2往復目は単機で仮屋川操車場に向かい(写真)、濃硝酸入りの貨車を牽引して戻った。 pic.twitter.com/VZbxJbDfuq
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2往復目の復路、濃硝酸を積んだ貨車を牽引して宮浦駅に入る45t級B-B形電気機関車19号機の動画。撮影場所は東泉町2号踏切。スマホで撮影。https://t.co/nrphsvBhyT
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45t電機 + 貨車は、東泉町2号踏切を通過して宮浦駅構内に停車する。 pic.twitter.com/SCIoIoRUpz
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その後、45t電機は貨車から切り離され、単機で構内の別の線に移動する。切り離しの場面は撮り損なった。これは別の線に移動したところ。 pic.twitter.com/FtNRVVcIGv
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昨夜の続き。三井化学専用線(福岡県大牟田市)の宮浦駅構内に停車中の45t級B-B形電気機関車19号機。この車両の製造時期は1937(S12)年2月。メーカーは芝浦製作所(東芝の前身)である。 pic.twitter.com/zdnQ6wgaNA
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いわゆる「戦時標準型」と呼ばれる凸型電機だ。 pic.twitter.com/5Sexnsqnke
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車体には三井の社章と車体番号を示す19のプレートが付いている。 pic.twitter.com/aJGAoVnCS1
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「S12-2」は製造された昭和12年2月を示す。「TOSHIBA」と記されているが、昭和12年時点の社名はまだ芝浦製作所で、東芝こと東京芝浦電気に変わったのは1939・S14。ということは、この文字は後年に書かれたもの。 pic.twitter.com/2eVtheZNri
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