fc2ブログ

長崎市のロシア所有地

ロシア所有地02
長崎市のロシア所有地
長崎市南山手町
撮影 2011年7月

長崎市のグラバー園から少し南に歩いた住宅地の一角。石積みの擁壁の間に小道があるのですが、その小道にちょっと奇妙なバラックの廃墟が張り出しています。
_
ロシア所有地03
正面から見るとこんな状態。旧居留地で今も当時の西洋館が残る南山手のまちなみにはちょっと異様な光景です。実はこの土地にはかなり複雑な事情があって、写真左側、出窓の下あたりに次のような告示が掲示されています。

ロシア所有地04
要するに「ここはロシアの所有地だから勝手に入るな」と書いてありますが、何もこのバラックがロシア政府の施設だというわけではありません。

ロシア所有地01
1875(明治8)年~1917(大正6)年まで、ここには帝政ロシアの領事館がありました。しかし革命で帝政ロシアが崩壊したため領事館は閉鎖。本来なら後を引き継ぐべきソビエト連邦はこの土地を放置してしまいます。その後、原爆投下や戦後の混乱を経て、主不在の土地に家を建てて住み始める人達が現れました。

ロシア所有地06
ところが旧ソ連は1987(昭和62)年にこの土地をソ連の所有地として登記しており、さらにソ連の後継国家である現ロシアは2000(平成12)年に住民に対して賠償と土地の明け渡しを求めて訴訟を起こしたのです。帝政ロシア崩壊後ずーーーっと放置していたくせに何を今更…って話ですが。

ロシア所有地07

ロシア所有地08
で、2007(平成19)年、「住民がロシアに賠償金を払って所有権を取得、それを望まない住民は退去」との内容で和解が成立してこの問題は一応の決着が付いた次第です。告示の日付が「平成6年8月23日」ということはロシアが訴訟を起こす前ですね。和解が成立したのになぜ古い告示が掲示されたままなのかは分かりません。

ロシア所有地05
告示の横に日本共産党のポスターが。周囲を見渡しても他の場所には貼られてなく、明らかにロシア政府に対して「ここは日本の領土だ」と主張する意図で貼っていますね。民主党や自民党のポスターはありませんでした。ちょっと感心したぞ、日本共産党。

ロシア所有地10
旧ソ連もロシアも所有権は主張するものの、老朽家屋を撤去するといった土地を管理する意志はさらさら無し。結局、帝政ロシア時代の土地を蒸し返したのは北方領土問題に対する当てつけなんでしょうかねえ。そもそも、こちらは北方領土を占拠されていながら1987(昭和62)年に旧ソ連の登記を認めたこと自体、ずいぶんお人好しな話ではあります。国際条約上、認めざるを得なかったのでしょうけど。

ロシア所有地11

ロシア所有地09

ロシア所有地12
立ち入り禁止ながらベニヤ板で封鎖とかはしていません。無人のはずですが、もしかして住民がいる? 奥に洗濯物っぽいものが見えるのが気になるなあ。足を踏み入れるかどうかかなり迷いましたが、もし入ったら引きずり込まれて二度と出られないような気がしたのでやめておきました。


大きな地図で表示
上:ロシア所有地、下:どんどん坂

【関連サイト】
ちび太郎のさるく日記帝政ロシア領事館跡(長崎市南山手町)
スポンサーサイト



0 Comments

Post a comment